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Selfishly

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~麗しの金獣~ 金猫の恩返し 番外編2


~ 麗しの金獣2 ~
        ―― 金猫の恩返し・番外編 ――





室内に光が差し込んで、ゆっくりとロイの覚醒を促してくる。
そして・・・。
腕の中に留まる温もりが、昨夜の出来事がいつものように
自分が見る都合よい夢などではなかった事に、深く安堵した。
そっと・・・そっと、まだ健やかな眠りに沈んでいる恋人を起こさぬようにと
気遣いながらも、窺うように覗き込むのを止める事は出来なかった。
明るくなる陽光の中に眠るエドワードを見て、ロイの鼓動はいきなり激しくなる。
それ程、驚いたのだ。この子供が―― こんなにも美しく成長していることに。
まだ幼さは残るとは言うものの、まろやかだった頬はシャープさも加えていき
彼の容姿を確実に可愛いから綺麗に変化させていっている。
丸く可愛さを引き立てていた鼻梁も、すっきりとした造形を象り始めている。
そしてロイが大好きだったものの二つのうち一つは窺えないが、
もう一つは、白いシーツの上に波打ち光を反射させている。
以前より更に伸びた髪は、男性特有の長髪の荒さが無く、極上の絹糸で編み上げたように
輝き滑らかな手触りを与えてくれる。

―― 綺麗になった ――

ロイはホォと感嘆の吐息を漏らす。
この一年、弟の静養に付き添って自分もリハビリを続けていたのだろう。
手足を取り戻し、彼が望んでいた成長が遅ればせながら始まった兆しだ。
これから数年が、エドワードが一番変化する歳を迎えるのだろう。
そう思うとほんの少しだけ、胸が痛む。
益々美しくなる彼を知る人々が増える。それが素直に嫌だと思う。
以前付き合ってきた女性達には、決して抱かなかった感情だ。
今まで付き合ってきた女性達には、常に美しく着飾った姿を見せてもらいたいと
願っていたから。
見目麗しい女性を連れて歩くのは、男としての優越感が満たされるから。
が・・・、彼だけは別だ。美しくあるのも、例え美しく成長しなかろうが
彼を見、彼を知るのは自分だけで十分だ。
誰にも、エドワードの無事を祈っている部下達にも――出来れば見せたくは無い。
そんなことをつらつらと考えている内に、自分が持つこの感情が独占欲の現われだと気づく。

不思議な感覚だ。
誰にも、付き合ってきた誰にも、そんな感情を持ったことはなかったというのに。
こうやって、子供のように頑是無い欲を自分が抱く事になろうとは・・・。
恋とは、本当に判らない。

自分の考えに一段落がつく頃、そろそろ起き上がる時間が近付いているのに気づいた。
最愛の者を取り戻して、すぐに小さな別れがやってくるとは業腹だが、
少しの未練・・・、実は多大だが、を振り切ってでも出掛けなくてはならないだろう。
一刻も早く、二人のこれからを造って行く為には。

出来る限りベッドも揺らさず、気配も殺して抜け出す。
軍の訓練で培ってきたそんな行動も、ロイは苦労せずとも行える。
そう言えばと思い出す。昨日の彼の侵入も、なかなか堂に入っていた。
彼の気配の殺し方、隠し方はロイたち軍の者とは、方法が多少違うようだ。
錬金術の師匠に学んだのか、彼は気配を消すのではなく、溶け込ませると言った方が
しっくりとくる。
野生動物が獲物を狙う時と同じように、周囲の気配に潜り込ませて自分を消す。
昨夜ロイがエドワードの気配に気づいたのは、彼の中に有った迷いが、
僅かながら周囲から浮き上がっていた為だ。で、無ければロイとて下手をしたら
気づかずに去られていたかも知れない。
そうならなくて済んで良かったと、姿鏡で身だしなみを確認しながら
胸を撫で下ろす。
まだ二人が両思いではなかった時、ロイの探索網も破られてばかりだった事を思い出す。
それをやられれば、本気で姿を眩ましたエドワード達兄弟を探すのは
かなり、困窮する破目になっただろうから。

着替え終わり、まだ眠っているエドワードの傍に近付く。
ベッドの横に置いてあるメモとペンを取り、さらさらと文字を書き上げ、
起きたら直ぐに気づくように時計の下敷きにして置いておく。

「残念だが、出掛けてくる。
 戻るまで出歩くんじゃないぞ」

聞こえないだろう相手に優しく告げ、ロイは眠る頬に口付けを落とす。
その際、「愛しているよ」の言葉は当然の囁きだ。

そうして、後ろ髪どころか半身が引かれる様な思いで、迎えにやってくる者を
待つ為に家を出る。



先に出ていた上司に、驚くように車から姿を見せたのは
馴染みの部下だ。
余程驚いたのか、懸命に話しかけている様子が見て取れる。
それに少しだけ笑みを浮かべて、じっと見守る。
ロイはそんなハボックに、鬱とおしそうに邪険に払いながら車へと乗り込んでいく。
そんな様子を見送って、エドワードはくるりと室内を振り返る。
「ば~か。気づかないわけないだろ」
昨日の仕返しだとばかりに、エドワードは微笑む。
―― 本当は、照れくさかっただけなのだが・・・――

何せ、昨夜で終わりだと思っていたから、まさか同じベッドで目覚めるなど
想定してもいなかったのだ。
「俺って、意志弱すぎ・・・」
はぁーと大きな嘆息を吐きながら、手元に握るメモを眺める。
そこには、家の物は自由に使えとか、部屋はそのまま置いてあるとか、
軍にはまだ顔を出さないようにし、連絡もロイからする旨が書かれている。
そして最後に、「余計な気苦労はするだけ無駄。君はじっと待ってなさい」と
念を押すように書かれている。
エドワードの1年間の悩みを、単なる気苦労と決め付けられて、
腹が立つより脱力してしまう。
「あー!! もう、腹立つなぁー」
そんな思っても無い言葉が飛び出すが、表情から笑みは消えない。

――― そうだったのだ。あの男は無味に時間を待ち続けるだけの相手ではない。
 こうやってエドワードが戻ってくる事も想定して、色々と計画しては手を打って
きたのだろう。そんな事など、長い付き合いをしてきた自分なら、判ってしかるべきだった。
そう、彼が待っていたのは・・・、ただエドワードが手の届く範囲に戻ってくる、その瞬間だけ
だったのだ。―――

そうしてまんまとエドワードは、ロイの中へと戻ってきた。
こうなれば、ちょっとやそっとでは手放してくれるわけもない。
それが嬉しくも、申し訳ない気もする。
彼には彼の未来がある。エドワードの事にかまけている時間を他に回せば
もっと色々と進められた事もあっただろうに・・・。
そんな事を考えながらも、これがロイの言う余計な気苦労なのかと思い直す。

昔も・・・、完全には離れられなくて戻ってきた。
そしてその時、二人の思いは成就した。

そして今、またこうして戻っている自分がいる。
今度はどうなるのだろう・・・、先行きが不透明な自分たちなのに
不思議と不安を抱かない。
ここに来るまで、ロイに逢えない間は、あんなにもエドワードを苦しめて
色々と思い悩ませてきたと言うのに。
人とは不思議な生き物だ。住む場所が不安定だと、精神的にも揺らぐ。
が、住処さえ定まれば、今度はそこで生きる未来を考え始めていける。

「よっしゃー」
勢い良い掛け声を上げ、エドワードは取り合えず今から行動する項目を組み立てる。
ロイの帰宅は今日も遅いのだろう。ならそれまで、今の自分で出来る事を
やっておくのみだ。明日からの事は、ロイが帰ってきたら考えよう。
そう、彼と一緒に・・・。



 *****

何事だと顔を見合わせる面々に、ロイは「重要秘密だ」と思わせぶりな言葉を伝える。
しんと静まり返った執務室の中、控えめな声で粛々とロイが話し出す。
「昨夜の事だが・・・、自宅に侵入者が入り込んだ」
ロイの話始まりに、集まった面々が驚愕を表す。
「なっなっなんですか、それ! 朝迎えに行った時、
 そんな事一言も!!」
目を剥いて叫ぶのはハボックだ。
「何が狙いなんですか!」
「お怪我は?」
「盗られた物は?」
口々に詰め寄るメンバーに、ロイは応えずじっと黙っている。
そこで、いつもなら一番最初に事情を窺ってきそうな副官が、初めて口を開く。
「准将・・・、何をお考えです」
悪戯を叱る母親のような口調に、ロイは可笑しそうに肩を竦めて、
「君には敵わないな」と楽しそうに副官に笑いかける。
皆が二人の遣り取りに首を傾げている間に、ロイはすまなかったと断りを入れてから。
「実は侵入者はもう捕まえてある。で、只今私の自宅で監禁中だ」
物騒な発言をさも嬉しそうに語られては、皆の当惑も深まるばかりだ。
「准将、もしかしたらその侵入者とか・・・・・・」
ロイの言動に漸く合点がいったのか、ホークアイは躊躇いながらも言葉を挟む。
そんな彼女の推測を認めるように、ロイは嬉しそうな笑みを浮かべて頷いて返す。
「そう――、侵入者はエドワード・エルリック、彼だった」
その爆弾発言に、室内のメンバーから歓声が上がる。
「まじ! 大将がっすか!!」
「エドワード君は無事に!?」
「やりましたね」
興奮の態で口々に話し合うメンバーが落ち着く頃を見計らって、
ロイは事の事情を説明し、黙秘を告げる。
「君たちの事だから心配はしていないが、どこで耳目があるやも判らん。
 極力、全てが整い終わるまで彼らの名前は口の端にも上らせないでくれ。

 それと、予てより準備していた事柄を、早急に初めて欲しい。
 彼の安全を考えれば、軍に知られる前に終わらせてしまいたい」
そう語り終わって、メンバーの顔を見回せば
全員が力強く頷いて返すのが見て取れる。
「判りました。早急に、互いの担当項目を片付けてしまいます。
 准将には、一番時間が掛かりそうな、国家錬金術師の資格の返上手続きを
 お願い致します」
「ああ、もう準備は出来ているからな。
 多分、受理され処理が完了するまで1週間ほどの時間がかかる。
 皆にはすまないが、それまでに各自の分担を終わらせて、整えてくれ」
ロイの言葉に、皆が一斉に敬礼する。
「「「Yes、sir!!」」」



 *****

それからの時間は飛ぶように過ぎる。
通常の業務に昨日までの事件の報告書。部下達は、それに加えてエドワードの
事を頼んでいるせいで、普段より大変だろうに誰一人として愚痴も言わなければ
嫌がる素振りも見せず、嬉々として取り組んでくれている。
ロイの担当は、すでに必要な書面も用意され、それに添付する資料もあるので、
一番簡単だっただろう。
―― 後は、これにエドワードがサインしてくれるだけでいい ――
この日の為に、根回しも万全に行ってきたし、情報も操ってきた。
資格剥奪同様、スムーズに受理される事だろう。
彼に目をかけていた大総統が居なくなってくれていて、本当に良かった。
あの男が居れば、こんなちゃちな騙しなど、役に立つはずもなかっただろうから。
軍部内には、今の弱体化を嘆く者も多いだろうが、ロイにしてみれば
全てが好機のタイミングだ。
上に上り詰めるにも、最大の敵が居無くなった今、簡単にとは行かないが
歯噛みするほどの難題も無い。それが証拠に、エドワードが居なかった1年で
一つ階級が上がっている。
―― そう言えば、エドワードはまだ知らないんだろうな ――
優れた統率者が欠けすぎた今、目の下のたんこぶだろうが、自分の地位を脅かす害虫だろうが、
使える者に縋るしかない・・・、そう苦渋の決断を迫られた上層部の判断だ。
邪魔になれば振り落とせば済むと位に、簡単に考えられているのだろうが、
そう見縊られるものでもない。一旦上げてしまえば、次に何かの功績や
面倒ごとを片付けるたびに、上げないわけにはいかなくなる。
佐官程度なら、将軍の一任で振り回されるだろうが、将軍職に就いた者は
そうそうに動かせなくなるのだから。
そして、世論も黙ってはいまい。
イシュバールの英雄から、国の英雄に格上げされたロイに粗雑に扱えば
どんな事を書きたてられるか判ったものではない。
弱体化は、そんな処にも影響を及ぼしたのだ。
以前なら、軍国家として横暴も戒厳令の名の下に押さえ込めたが
今は活発な世論が、軍への横暴や悪事には黙っていなくなった。
それは良い傾向だと、ロイは思っている。
いずれ軍は元あるべき姿に返らねばならない。
軍事力で国民を抑え付けるのではなく、国民を守る為に存在する意義を見出せるようにと。

そんな事に思いを馳せている間も、手元の書類の処理速度は落ちない。
日頃のことを考えれば、副官に嘆かれること間違いなしだ。

そうやって一心不乱に業務を片付けていっていると。
コンコンコン
規則正しいノックがされ、ロイの了承の言葉と共にホークアイが
一礼して入ってくる。
「出来上がりました書類を貰いに参りました」
「ああ、もうこれで終わりだから、少し待ってくれ」
そう断って、最後の書面にサインを入れる。
「ありがとうございます」
綺麗に片付けられた山積みの処理済の物を抱えて、彼女は複雑そうに綺麗な眉を寄せる。
「どうかしたかね?」
その様子に、怪訝そうに訊ねれば。
「いえ・・・、いつもこれ位の気概を見せていただければ、
 書類も溜まる事もないのになぁ・・・と」
そんな予想通りの言葉に、ロイは咳払いして気まずい思いを誤魔化す。
「では准将はこれで帰宅頂いて結構です。
 車は只今、ハボックが回しておりますので」
そんな副官の言葉に、ロイは訝しむ表情で見返す。
それに優しい笑みを浮かべて、ホークアイが答える。
「折角の戻った初日を、独りで過ごさせるのは不憫では?
 私共の事は御気になさらず。皆、やりたくて残っているだけですので」
思いやり深いホークアイの言葉に、ロイは目を瞠り、暫く逡巡した後に
首を横に振る。
「そう言うわけにはいかないさ。皆が、私の我侭に付き合ってくれているんだ、
 私一人戻るわけには・・・」
そう返し始めた言葉に、ホークアイはきっぱりと首を横に振って否定してくる。
「いいえ、これは准将の我侭では有りません。
 私達全員の願いです。
 ・・・彼らが旅を続けている頃、私達は准将のように有力な情報を与えてやる事も
 文献を渡す事も出来ず、見守るだけでした。皆がそれを歯がゆく思っていたことです。
 だからこそ今、何かしてやれる事が嬉しくて仕方が無いのです」
「少佐・・・・・・」
黙り込むロイに、ホークアイは促すように綺麗な笑みを見せる。
「准将は准将で出来る事をおやりになって下さい。
 今、准将に出来る事は、彼の行く末を話し合ってやる事ではないのですか?」
慈愛に満ちた言葉に、ロイは思わず頭が下がる思いだった。
ロイは「ありがとう」とだけ伝え、帰る事を告げる。


帰宅の車の中では、ハボックが饒舌に話を振ってくる。
どうやら、一番乗りでエドワードに会える事が嬉しくて仕方ないらしい。
「いやぁー、今日ほど送迎担当で良かったと思った事はないっすよ!
 あいつら、俺に変われ変われって煩くて仕方なかったんですから。
 で、一応今回は一巡するまで当番制って事になりました。
 明日はジャンケンで勝ったフュリーが行きますんで」
ウキウキと話を続けるハボックに、ロイは複雑な気持ちで相槌を打っていた。
―― 恋人が人気者過ぎるのも、考えものだな・・・――

そうこうして行く内に、自宅が近付いてくるのが見える。
灯りが灯されている我が家を見るのは、どれ位ぶりだろう。
それがこれほど嬉しいとは、実感して初めて判るものだ。

ロイの帰宅を待ち続けているエドワードに心を馳せながら、
ロイはもう直ぐの距離さえ、待ち遠しくて仕方ない、そんな子供のような
自分に苦笑したのだった。


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